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庵を結ぶ

考えてみれば(以前このブログで書いた)方丈記の庵や茶室なんかは、いわゆる俗世間を離れた隠遁者の居場所である。そこで暮らすことを庵を結ぶとか編むとかいう。
なかなか素敵な言い回しじゃないか。

ひっそりと生き、ひっそりと暮らす。ひとの噂やSNSなんかから離れて、個として生きていけたらどんなにいいかと思う。実際に、それを実行に移した友達もいるし。
発心集のように、ふいっと現実世界の未練が消えて里から離れたところに庵を構えるとはなかなかいかないけれど、いつかそうなれたらいいなあと漠然と思っている。

で、庵を結んだらその後、ほどけばいいと知った。発心集に出ていた。
いくらなんでも世捨て人になって、そのままではただの木乃伊。
庵を結び、そろそろかなと思ったら庵を解き元の生活に戻る。ノマドとか地方移住とか、昔とくらべると随分自由になったものだと思う。

そんなわけで、以前家に庵をつくる計画をした。屋根と基礎は繋がっているので構造としては一体だが、いちど外に出るので「ハナレ」だ。四畳半くらいのちょうどよい狭さに地窓があって、座って庭の木を眺めることができる。静謐な庵である。
うれしいことにまた「ハナレ」をつくる機会がやってきた。眺望がいいところなので、景色を眺めながらレコードを聴くそうだ。なんともうらやましい。

建築というものは(あるいは住宅というものは)庵のようなものだと思うときがある。
何百年も前の石造りの教会ならいざ知らず、アジアの高温多湿地域で木で作るのだから、永続性よりも「その期間の」快適性を求めた方が良い。一生のうちで、一年のうちで、あるいは一日のうちで、どこかに移動できる快適な場所。ノマド的なトポスが住宅にあると、その人の生活はぐっと豊かなものになる。嘘じゃない。本当に。

「我々はどこから来てどこへ行くのか」

おそらく僕らはどこからかやって来て、運命的に「この場所」に居を構えることになった。ようやくたどり着いた地かもしれないし、羽を休めるだけかもしれない。案外、庵のような仮住まいが居心地よくて定住するかもしれない。ただ一つ言えることは、快適だということ。

なんだか素敵な考えだと思いませんか。

僕がいままで設計した家の中には、一畳書斎やロフトという名前の隠れ部屋やハナレがある家がある。これをただ単に趣味の部屋として捉えると大きな間違いになる。開かれた「集う」場所があって、その対として存在が許される「閉じた」庵なのだ。ここを意識してデザインしないとただのオマケになってしまう(ここんとこ大事)。

近くの公園を借景したり、吹抜けの窓から月光が差し込む工夫をしたり、自分だけの風景を取り入れることができたらそこが「開きながら、閉じる」庵となる。
居心地の良さを求めつづけよう。

ノマドとは遊牧民。ゲル、ティーピー、方丈庵、ヘンリー・D・ソローの小屋、中村好文さんの小屋・・・。古今東西、昔から人は家を快適にする術に長けていた。

住宅建築をこういった文法で語りたいと思うのです。


佐藤 隆幸

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